島藍農園



「小学生の頃は、何もないこの小さな島を早く出たかった」。そう語るのは、市街地を一望する高台の畑兼店舗で「島藍」を栽培・商品化し、その魅力を広く発信する大濵豪さん。中学から長崎の中学へ進学した大濵さんは、東京の高校を卒業後、京都の短大で染織を学ぶ。祖母がみんさー織の工芸館を営んでいたため、モノ作りの現場が幼い頃の彼の遊び場だった。
 26歳で帰島し、工芸館で商品開発を手伝う傍ら、芭蕉や苧麻などの天然繊維を自然から採取して、手探りで草木染めを始める。「八重山は恵まれていて、山に入ると何かある」。島の外を知り、モノ作りを志すこの頃には島への見方も変わっていた。
藍染めにも興味を持ち始め、日本では南西諸島でしか見られない藍の原料「ナンバンコマツナギ」の栽培法を研究。途絶えて間もなかった染め技術の伝承を島々へ尋ねて歩き、試行錯誤の末に島藍をよみがえらせた。 2003年には「島藍農園」を創業。今では逆に、藍染めの伝統があった地域の人が大濵さんに技術を習いにやってくることも。


「島藍には他にない『青』がある。このきれいな青さは本土の藍染の色より純度が高く、『より青い』って感じかな」。島藍の魅力を語る眼差しには、穏やかさの中にも島藍への情熱が見え隠れする。



 島藍農園の商品は、いわゆる「伝統工芸品」というイメージとは異なり、スタイリッシュ。帆布に染めた濃淡の青に福木染めのオレンジを組み合わせたデザインのテーマは「島の海×空×太陽のコントラスト」。
鮮やかな島の色は、都会の中でも埋もれることなくひと際存在感を放つ。「普段の生活の中で使える工芸品ではないカジュアルな藍染め」が、ここの商品のコンセプトだ。


「売り方についても、『藍染めというのはこうだ』というように、今までの工芸品ってこだわりを強調する形だったが、そういう売り方はしたくない。モノが語るというか、商品とどこかで出会ってくれた人が、ふと手に取ってくれて、『藍染めなんだ!?』『これって石垣の藍なんだよね』『藍ってこうなんだよね』と自らだんだんと深い部分に触れてもらえるといいかな」。




 八重山の工芸品の一つに「みんさー織」がある。通い婚の時代、島の女性は丹精を込めてこの帯を織り、愛する男性へと贈った。藍染めのみんさー織には五つと四つのかすり模様が交互にあしらわれ、その両脇には百足の足を模した線が伸びている。「愛(=藍)を重ね、いつ(=五)の世(=四)までも、足繁く(=百足)私のもとへおいでください」―――特別な思いを込め、この恋文は届けられた。
藍色の帯が定番だったみんさー織に彩りと形のバリエーションを与え、新たな工芸品に進化させたのが、みんさー工芸館を営む大濵さんの祖母だった。その藍の伝統を復元し、現代の生活の中でスタイリッシュに使えるものに変化させているのが大濵さん。伝統と革新を融合させながら商品開発を行う姿勢は、祖母から自然な形で受け継いでいる。

「島藍の復興というのが一番根底にある。将来的にはこの島が藍染めの島として認知度を高められたらと思っている」。



 栽培する天然の藍は無農薬で、発酵段階でも手間を省くために使用されることが多い薬品を一切使わないため、量産ができない。それでもアイデアは豊富に湧き出し、「染織だけでなく、今後は青色の色素という観点から、染物だけに拘らず、色々開発していきたいと思っている。楽しみながら・・・。


ものづくりって続けるなかで技術もついてくるだろうし、知恵とかアイデアとかも出てくる」と目を輝かせる。
最後に、以前は島から出たかったという大濵さんに「島のモノづくり」の魅力について尋ねてみた。「この島がこの位置にあるというのが一番魅力で、こういう恵まれた環境のなかでこの材料があって、それを活用する僕ら人間がちゃんと技術を持って、初めて商品ができると思う。技術だけでもなく自然だけでもなく、その共存の中で生まれてくる。そういうところが魅力かな」。(了)


文:前花麻子
写真:糸洲寛磨
島藍農園:〒907-0023 沖縄県石垣市石垣1493 TEL:090-8835-7730 (ウェブサイト / Facebook)